合格体験記 私の司法試験合格法
相良 英峻
平成25年明治大学法学部法律学科 卒業
平成27年明治大学法科大学院既修者コース 修了
平成30年度司法試験合格
1、はじめに
私は受験生時代、合格体験記の類が大嫌いでした。というのも、多くの合格体験記が自虐風自慢に溢れ、司法試験受験業界でよく言われる「基本が大切」「過去問は必ずやる」「暗記だけでは駄目」「理解することが重要」などの事項が抽象的な表現で繰り返されるものばかりで、自分の今後の勉強方針を考える上で参考になるような情報が何ら得られないものが多いと強く感じていたからです。
しかしながら、司法試験に3回も落ち、自分にとっての必要な勉強ないしその方向性すら分からなくなってきてしまっていた私に合格への手がかりをくれたのもまた、合格体験記でした。そして、参考になった合格体験記は、司法試験の不合格経験がある方々のものでした。このような理由で、司法試験に不合格になった自分だからこそ将来の受験生に伝えられることがあると考え、受験生として低水準の私なりの合格のための戦略について以下、述べさせていただきます。
冒頭に偉そうなことを申し上げましたが、具体的内容を文章で伝え切ることは私には難しく、抽象的な表現が私の合格体験記にもあることを予めお詫び致します。
2、法曹志望の動機
法曹の志望動機自体は高尚なものでは全く無く、大人の人間を相手にする仕事をしたかったことと、法律の勉強が好きだったからという単純なものです。また、自分の周りに司法試験を目指す友人が多くいたことも法曹に興味をもつきっかけになったと思っています。
3、短答式の勉強方法
<民法>
まず、論文にも通じることですが、そもそも敵を知らないと対策しようがないため、過去問を3回解きました(私は1,2回目は全ての問題をやり、3回目は間違えた問題のみやりました)。ここで大切なのは「過去問を何回回したか」ではなく、①「本試験で何が問われるか」②「合格者と不合格者とで正答率が大きく異なる問題は何か」③「自分の苦手な分野・繰り返し間違えてしまう分野は何か」を把握出来たかどうかです。出来なければ4回でも5回でも解くべきですが、把握できた後に何回も回して自己満足に浸るのも良くありません。
次に、上記の②③に該当する分野の基本書や択一六法を通読し、自分の弱点をふまえた知識の補完をします。②は「受験生全般が間違えやすいが合格者は対策している問題」と言い換えることが出来、択一六法等で強調されていることが多い問題と言えます。この作業は既に情報が整理された択一六法等の予備校本を用いた方が早く済みますが、私はストーリー仕立ての基本書でないとすぐ忘れてしまうため、基本書を通読していました。また、②③に該当する分野は、その制度の趣旨・目的や背景事情・沿革等を理解しておらず、問題を場当たり的に解いてしまいがちな場合が多いため、制度の沿革から説明してある基本書を読む方が結果的に深い理解が忘れにくい形で身に付くというメリットもあります。さらに、このように基本書を通読していると本試験で問われている部分がその制度においていかに重要であるかということも分かり、制度の核となる部分についてさえ押さえておけば細かい知識がなくても本試験の問題であれば正解に辿り着けるという点にも気付けるはずです。このように基本書を用いることにはメリットが大きいのですがやはり時間がかかるので、ご自身の勉強時間や計画と相談して即効性のある予備校本と上手に使い分けていただければと思います(私も実際に試験会場に持って行ったのは予備校本でした)。
とりわけ民法の択一は「民法の考え方」を問われている感が強く、体系的な知識・考え方が身についていれば本試験では必ず高得点を取れます。そして、体系的な知識・考え方は択一過去問を10回、20回と解くだけでは身につかないと私は考えています。棒暗記は得意な人以外にとっては苦痛な作業であると思いますし、司法試験との関係ではコスパの悪い勉強の仕方だと思いますので、民法の体系的な理解の重要性に気づいていただければと思います。
<憲法・刑法>
憲法については判例の、事案の性質・判断枠組み・考慮要素・言い回しを相当程度正確に理解かつ暗記していなければ高得点を取れないどころか運が悪ければ足切りの恐れすらあります。したがって憲法では判例の正確な理解・暗記が不可欠です。判例を勉強する教材として私は百選ではなく『憲法判例』(戸松秀典・初宿正典)を使っていました。百選では事案の説明や判断枠組み等が短くされているものが多く、多くの紙面が割かれている解説部分が司法試験との関係では全く役に立たないと感じるものばかりであったためです(もちろんわずかながら役に立つものもありました)。私は、読んだり線を引くだけでは上記のような詳細な暗記は到底不可能だと感じたため、著名判例については上記の各要素を自分なりにノートにまとめ、そのまとめた翌日の朝一発目に散歩をしながらそのノートを音読し、さらに一通りまとめ終わったノートのキーワード部分を改めてラインマーカーでチェックするという作業を行っていました(これはそのまま論文対策の勉強でもありました)。統治部分については頻出分野および自分が特に苦手としている分野について択一六法にチェックして直前にすぐに見直せる準備をし、そのときに制度の全容がよく見えてこない分野については芦部憲法の該当箇所を通読しました。
刑法については論文の勉強がそのまま択一の勉強になるという分野が多いため、主として択一でしか問われない分野(減免事由、執行猶予、偽証罪など)を整理し、その中で間違えやすい部分については基本書等を読み返し、そうでない部分については択一六法にチェックし、直前に網羅的に見直せるよう準備していました。
択一は試験当日の気合で10点位平気で変動します。とにかく最後まで諦めずに1点でも多く取るという気概で見直しをすること(試験当日や前日では問題を解く必要はありません)が極めて重要であり、そのためのツールを予め準備しておくのが肝要です。
4、論文式の勉強方法
(総論)
そんなときに恩師から合格者の再現答案を写すという勉強を勧められました。すなわち、司法試験の上位100番以内の答案でナンバリングの仕方や頁数など自分の肌の合うものを選び、それをそのまま写していくという勉強法です。最初に勧められたときは「それで一体何の勉強になるんだ」という気持ちしかありませんでした。しかし、直近の2~3年分を写し終わったあたりから各々の合格答案には一定のリズムがあり、項目の立て方・一文の長さ・改行の頻度等の形式面及び趣旨からの規範の導き方・問題の所在の指摘の仕方・当てはめにおける事実と評価の峻別の仕方といった内容面の両方を具体的にイメージ出来るようになってきていました。そして、何より合格者の答案から読み取れる合格者の思考回路と自分の答案作成時の思考回路とで決定的に違うところが自分の中で顕著に浮き彫りになりました。また、合格者の答案は前年の出題趣旨や採点実感をふまえた内容になっているため、それらの指摘を実際に答案に落とし込んだ一つのモデルといえ、書き写し作業は同時に過去問の出題趣旨・採点実感の分析にもなっていました。
この効能は合格者の答案を実際に書き写すことによって初めて得られるものであり、合格者の答案をただ読んだだけでは残念ながら得られません。この書き写し作業において大切なのは「どの論点を拾ったか」ではなく、「問題文のどの点に着目し、どのような観点からどのように処理しているか」という合格者の思考回路を自分の中で具体的にイメージ出来るようになることです。
ちなみに、書き写しは1回で1時間以上かかっていましたので、私は基本的に2回以上同じ問題を書き写すことはせず、2回目以降は自分が書き写した答案を音読するという形でこなしていました。公法系と刑事系はこの音読を何度もやりました。
(公法系)
これらの書籍で紹介されている「判例の梯子」の仕方を勉強する前提として著名判例の事案や判断枠組みを自分の中で理解・暗記している必要があるので、上記の短答式対策で紹介した判例についてのまとめノート作成を憲法だけでなく行政法も行いました。
(民事系)
公法系や刑事系と異なり民事系では答案の書き写しより論点潰しの方が自分にとって有益だと感じていたため、民事系のみ書き写しは直近の3年分のみやり、ひたすら論点潰しの勉強をしていました。それでも、事例問題集の全てをこなすことは出来ませんでした。
(刑事系)
上記の書き写しの他は、刑法では『刑法事例演習教材』(井田良、佐伯仁志ほか)で未出題の論点についての処理手順をノートにまとめていました。刑事訴訟法では制度趣旨や判断枠組みについて正確な理解が本試験で必ず問われると考えていたため、『事例演習刑事訴訟法』(古江頼隆)と判例百選を解説も含めて熟読していました。
5、使用教材
<公法系>
・大島義則『憲法ガール』、『行政法ガール』
・中原茂樹『基本行政法』
・戸松秀典・初宿正典『憲法判例』
・橋本博之『行政判例ノート』
・辰已法律研究所『条文判例スタンダード公法系憲法』
憲法、行政法の判例百選は私には使いにくかったので、上記の判例集を使っていました。『基本行政法』は司法試験行政法対策として最高の基本書だと思いますので、使わない手はないと思います。
<民事系>
・神田秀樹 『会社法』
・中野貞一郎、松浦馨、鈴木正裕編『新民事訴訟法講義』
・早稲田経営出版編集部『スタンダード100』民法・商法・民事訴訟法
・判例百選 民法・会社法・民事訴訟法
・辰已法律研究所『条文判例スタンダード民事系民法』
辰巳のえんしゅう本が絶望的に肌に合わなかったので、私は演習書としてスタンダード100を使っていました。百選は会社法と民事訴訟法については公法系のようなまとめノートを作りましたが、民法についてはあまり意味がないと感じ、作りませんでした。辰巳の趣旨・規範ハンドブックも使っていましたが、最終的には自分のまとめノートや論証ノートを見直したほうが知識をすぐに復元・整理出来るような状態になっていました。
<刑事系>
・大塚裕史『刑法総論の思考方法』『刑法各論の思考方法』
・古江頼隆『事例演習刑事訴訟法』
・井田良、佐伯仁志ほか『刑法事例演習教材』
・判例百選 刑法・刑事訴訟法
・辰已法律研究所『条文判例スタンダード刑事系刑法』
大塚先生の思考方法は非常に読みやすく、分かりやすいですが、自分の中でベースとなる刑法の知識が予め入っている方が、思考方法の内容を答案に落とし込みやすいと思います。百選については刑事訴訟法は熟読していましたが、刑法については全体にざっと目を通す程度しかやっていませんでした。
<選択科目(倒産法)>
・山本和彦・中西正ほか『倒産法概説』
・山本和彦・岡正晶ほか『倒産法演習ノート』
・倒産判例百選
百選掲載レベルの判例については事案や判断枠組みに加え、具体的な考慮事情まで詳細に押さえられるよう努力していました。私は倒産法の成績があまり良くありませんでしたので、この点の勉強方法は他の方のものを参考にしてください。
6、終わりに
司法試験は自分に合った勉強法を見つけること自体が難しいという独特な側面があります。合格者の勉強法を聞いてみても実に千差万別で、過去問の検討の仕方(全ての問題をやった人が多いですが直近の2,3年分しかやっていないという人もいます)・演習書や基本書と予備校本の使い方・短答の対策の仕方等も本当に人それぞれです。私のように食わず嫌いをせずに是非、合格者から話を聞いて自分に合った勉強法を見つけてみてください。自分で一から模索することを否定はしませんが、結局は合格者の物真似をした方が早いことが多いと思います。
合格した今となっては司法試験で最も大切なのは「合格への熱量」だと思っています。本当にどうしても合格しなければならないと自覚しているなら、自分の中のちっぽけなプライドや下らないこだわりは消し飛び、自分にとって本当に必要なこと・やらなければならない勉強が見えてきます。それらの勉強がいかに自分にとって苦痛でつまらないことであってもそれをこなさなければならないという現実を受け入れることが出来ます。
私は合格者答案の書き写しという勉強法を大学在学中から同じ人に勧められていましたが、ずっと拒んでいました。極めて馬鹿馬鹿しい勉強法だと自分では思っていたからです。しかし、3回目の不合格という現実および司法試験に受からない自分を受け入れることができないという自分の心境と向き合い、書き写しという方法を取り入れることにしました。今振り返ってみるとこの勉強法が自分にとって必要な勉強であったと私は確信していますし、このときにようやく司法試験に本気で向き合うことが出来たのかもしれません。
ごく一部の方を除いて試験会場では必ず自分の分からない問題が出題されますし、受験勉強中は常に不合格になるかもしれないという不安に苛まれ続けます。試験に合格するまで心を折られるような事態に幾度となく直面させられます。そのような中で自分を精神的に支え、立て直してくれるのは自分しかいません。「合格への熱量」が十分あるならどんな苦境にあってもきっと自分のことを立て直すことが出来ます。必ず自分の心と向き合い、「合格への熱量」が十分あることを確認し、本番の刑法の択一試験が終わるまでその熱量を維持し続けてください。
皆様の、とりわけリベンジを誓っている方々の合格を心より願っております。