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司法試験合格体験記「スタートラインに立って」

(35年ぐらい前に書いたものの抜粋に微調整を加えたものですので、全く役に立たないと思いますが)

筑波大学ビジネスサイエンス系教授
弥永 真生

 

主な経歴

昭和36年生まれ
昭和57年公認会計士試験合格
昭和59年明治大学政治経済学部卒業
同年旧司法試験合格
東京大学法学部助手等を経て筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授   
新司法試験委員、公認会計士試験委員を歴任
その他 明治大学、東京大学、早稲田大学、慶応義塾大学、立教大学、法政大学、東北大学などで非常勤講師を経験 
著著としては『リーガルマインド会社法』、『コンメンタール会社法施行規則・電子公告規則』などがある  

 昭和59年10月31日、私の名前を法務省の掲示板に見つけることができた。後輩二人と合格発表を見に行ったので、喜びもひとしおであった。ただ、この日も夜にアルバイトが入っていたので、すぐに法務省を立ち去らなくてはならなかったのは残念だった。
 司法試験を受けようと決心したのは大学一年の秋だった。明治大学政経学部に入学してからも未練断ちがたく、理科系の学部を再受験するための受験勉強を続けていた。ところが、アルバイトや大学が忙しく、また楽しかったので、もう明治大学を卒業しようと心に決めた。そこで、思い出したのが受験新報52年11月号であった。この号は「受験」が司法試験受験を意味するとは知らずに買ったものであった。そこに伊藤万里子さんという方の在学中合格の体験記がのっていたのである。そこで、これをコピーして、持ち歩いて何度も読んでみた。ここから私の司法試験受験勉強の方向付けを得ることができた。
 合格体験記に出てきた真法会の答練がどういうものかを見ようと思い、通信の部を申し込んだ。すると幸運にも、くじに当たり、ここに司法試験のための勉強を開始したのである。もちろん何も知らないから、一週間基本書を読んも短答式で基準に達しないことが多かった。しかし、まずは勉強の動機づけ、ペースメーカーとして考えていたから、毎週せいいっぱい答案を作成した。
 大学二年になる直前に明治大学駿台法科研究室に入室を許され、米川指導員、鎌田指導員、松本指導員をはじめとして、多くの先輩方に教えていただいた。駿台法科研究室での毎週の答案練習の結果は悲惨であったが、もう一度、同じ問題が出たら、必ず、合格点が取れるようにしようと復習は徹底的にした。これが功を奏して、大学二年の秋の合同答案練習会の入会試験では上位一けたという、思いがけない結果が出て、三,四年上の先輩の方々のゼミに入れていただくことができた。ついて行けたわけではなかった(そのため、いったんあきらめて、公認会計士試験に転向した)が、今になって考えると、合格間近な先輩の方々のレベルを目の当たりにすることによって、どこが目標地点なのかを把握できたことは大きかった。
 

 さて具体的な受験勉強の方針等に話を移すことにしよう。
 まず勉強の方針は、量より質をモットーとした。すなわち目標は何時間ではなく、何をするかという点においた。大学二年の秋から三年の短答式までは、基本書の読み込み、過去問の検討を目標とした。現実にも過去問を10回以上、基本書を10回以上読むことができた。第二にまんべんなく読むことを心がけた。いわゆる論点といわれる部分以外もとばさないで読んだ。第三に、結論に至るプロセス、アプローチに気をつけた。会社法などで何説をとっているかと聞かれても答えられない(と書いてみたいと思っていた。しかし私の場合は乱読したためどの先生がどのような主張をしているかを見極められなかったにすぎないのかもしれない)。
 大学二年の秋から三年の秋までは、公認会計士第二次試験のための勉強に力を注ぎ、三年の秋から四年の夏までは教職課程を履修し、教育実習に出かけたりしていたため、司法試験のための勉強にブランクができてしまったが、卒業を目前に控えた二月に、幸運にも、研究者になりたくて、受験した東京大学法学部に(他学士)入学を許可されたため、司法試験にもう一度取り組むことにした。
 大学三年のときの貯金が効いて、短答式は八割程度できているように思えたので、さっそく、手つかずといってよい手形・小切手法・国際私法・刑事訴訟法にとりかかった。マークミスがなければ論文式は受けられると思っていたので、勉強もはかどり、発表まで二回目を通すことができた。そして発表の翌日から、予備校の答練を受け、一年以上のブランクをうめるように努力した。
 

 論文式との関係では、伊藤さんの合格体験記で「私の前には条文があるではないか。学者も最初は条文から学説を展開しているのだ。」と書かれていたことを念頭に置いて、条文を眺めては、そこから、基本書に書かれていることを思い出すという作業を繰り返した。逆に基本書を読むときには、どの条文を根拠としているのか、どの文言を解釈しようとしているのかに注意を払うようにした。というのは、試験では六法を使えるわけだから、そこから、思い出せるようにすることが有効だからだ。
 また、試験合格を目標としているのであれば、そのために大切な部分に着目して、基本書を読む必要がある。そうだとすれば、過去問を頭に置きながら、基本書を読んでみることによって、メリハリのついた読み方が可能になる。
 

 精神面だが、これは試験で非常に大切だと思う。私は幼いころからのクリスチャンで、神の存在を信じている。そこで「万事は益となる」ことを信じて努力をつづけることができた。私の長所を強いてあげれば、粘り強く、あきらめない点だと思うが、その背景には、このような考え方があると思う。
司法試験にも神様のおかげで合格できたと私は思うが、神の存在を信じない立場からも「万事は益となる」と考える姿勢は評価できると思う。その点で私は聖書を読み、お祈りすることは良いと思う。
 また、私は元気がでるような本を読むようにしていた。D・カーネギー『道は開ける』、R・シューラー『あなたは思いどおりの人になれる』などは良く読んだ。さらに、勉強に疲れたときは伊藤さんの合格体験記をながめてこれほどの人がこれだけやったのだから、まして私はもっと勉強しなければ、と気力を奮いおこした。
 

 試験のレベルを知り、試験の傾向を分析する。自分の実力を把握し、弱点をなくす。そして、知識をいかにしてアウトプットするかを学ぶことが重要である。これは人から口で教えてもらうものではなく、練習を通して会得するもののように思える。そして、練習のときにも本番と同様全力を尽くすことこそが、努力を結果に結びつける秘訣なのではないかと思う。
 
***
 大学教員となり、また、公認会計士試験や司法試験の試験委員をさせていただいて、感じたことは、要求されている水準はけっこう低いということです(基本的なことを、きちんと書ければ、それなりの得点は可能なのですが、残念なことに、どこか大きな弱点があるとか、知識がバラバラで首尾一貫していないという欠点がしばしば見られました)。細かいポイントを捨ててでも、重要な部分さえ、書ければ、合格点がつくものです。
 また、アウトプットは私を含めて、多くの人にとって、練習を要するものなのではないかと思います。小学生時代は、文章を書くのは苦手で、たとえば、宿題の日記は、ほぼ毎日、「今日は○○君と××をして面白かったです。」という1,2行しか書けませんでしたし、作文・読書感想文は母にいつも書いてもらって、それを、朝、原稿用紙に書き写して、提出していました。しかし、中学校は全寮制の学校に行くことになり、母の助けを借りることができなくなりました。そこで、仕方がなく、母がどのように書いてくれていたかを必死で思い出して、自分で書くことを続けたら、文章を書くことがいつの間にか苦にならなくなりました。これは、試験の答案などについてもあてはまると思います。
 なお、司法試験の合格体験記ではないのですが、2015年2月から12月まで、『会計人コース』という雑誌に、「私が受験生だったころ」という1頁ものを連載させていただいたことがあるので、機会があったら読んでいただければさいわいです。
 また、私が感動して読んだ合格体験記の筆者の伊藤さんは、後に、綿引さんとなられ、札幌高等裁判所長官、名古屋高等裁判所長官を歴任されました(私としては、裁判官出身としては初めての女性の最高裁判所判事になられるのではないかと期待していたのですが…)。

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